石井孝典 写真展「Nio ヤドリの石」
4月12日(火)~5月28日(土)
石井孝典の母の生家は、香川県の仁尾という町の旧家だ。
石井家の四人兄弟は、少年時代から四季折々に、
この「にお」の家の祖母を訪ねた。
祖母が亡くなり、誰も住まない空き家となってからも
石井はこの土地と家を時折訪れては写真を撮りためてきた。
兄弟たちにとって、この家と庭に宿る記憶がどんなものであったか。
それは他人である私たちには、もちろん計り知れない。
しかし家や庭には、ものいわぬ住人たちが棲みついていて、
家人たちが去った後も、その記憶をじっと寡黙に守り続けている。
それは、ひっそりとした暗がりで身を寄せあう庭石や灯籠、
おどけた表情をみせる瓦や陶の瓶、蔓草の這う土塀やうろこ壁、
けして朽ち果てて土に返ることのない、鉱物でできたものたちだ。
生き物が育まれる場所と聞くと有機的なものを思い浮かべるが、
堅牢な石や、焼きしめられた陶磁にも、か弱いものを庇護したり、
永い時を経て成長を見守る、懐の深さがあるような気がする。
一見、即物的で体温や情感をもたないが、
雨ざらしにされてきた鉱物特有の湿度をふくんだ量感と質感は
しっとりと、ひんやりと、心地よく、目の奥に染みわたる。
祖母の家を黙って護ってきた石たちを、石井が撮り続けているのも
そこに引き寄せられてのことなのかもしれない。
枯れた色彩のデリケートなグラデーションと、
みずみずしい風合いを重ねていく写真の連なりに
旧家の屋敷と庭に息づく、歴史の呼吸を感じとってほしい。
アートプロデューサー/ライター 住吉智恵
会期:4月13日(水)~5月28日(土)
オープニング:4月14日(木) 18:00-21:00
5月8日(日) 実兄 いしいしんじ(小説家) その場小説朗読会
PROFILE:
石井孝典 Takanori Ishii
1968年大阪生まれ。大学で中国語を学んだ後、
父親のニコンF2を持って渡米。ロサンゼルスのメキシコ人街で
韓国人と共同生活を始める。LA Valley College在籍時に出会った
フォトジャーナリズムに衝撃を受け、写真家の道を志す。
3年半のアメリカ滞在を経て1994年帰国。フォトスタジオで経験を
積んだ後、1997年に独立しフリーランスの写真家として活動を開始。
深い色合いの背景のなかに対象の存在感を際立たせる写真の
描写力は評価が高く、『Sports Graphic Number』(文藝春秋社)や
『ダ・ヴィンチ』(メディアファクトリー)などエディトリアルや広告で、
人物ポートレイトを中心に写真作品を発表している。
2008年、トルコの町・エディルネで行われる国技、オイルレスリング
の大会に出場する選手たち、のべ1000人以上を4年にわたり
撮影してきた写真集「EDIRNE」が、「International Photography
Awards」の「Book : People pro」部門で第2位に選ばれる。
同年、ギャラリーエフ(浅草)にて個展開催。
2010年、瀬戸内の直島に残る祖母の家を撮り続けている連作
「にお」を、ギャルリー・ド・パリ(横浜)にて発表。